宮崎駿と児童文学

先日、「第9軍団のワシ」という映画を観まして。
劇場においてあったチラシを見て、この映画の原作本について、宮崎駿が推薦コメントを書いているのを知りました。

歴史小説の傑作です。この物語を日本の古代の東北地方に移して、壮大なアニメーション映画を作れないものかと何度も試みました。人の姿のない古江戸湾の風景を想像したりしてワクワクしたりしましたが、まだ実現していません。
とても好きな小説です。

この文章は、宮崎駿が岩波少年文庫から50冊を選んで書いた推薦文のうちの1つです。
それを1冊にまとめたのがこちら。

出た直後に買ったまま積んであったのを思い出して、やっと読みました。
推薦文は本の分量の3分の1くらいで、残りはインタビューをまとめたものと語り下ろしで、なかなか興味深い内容でした。
まず、インタビューの方は、児童文学についての思いを語ったもの。氏が学生時代に児童文学研究会に所属していたことはよく知られている事実ですが、その頃から熱心に児童文学や絵本を手に取るようになり、東映動画入社後も、企画探索のために手当たり次第に読んだそうです。この頃の蓄積が肥やしになって、後の作品に生かされました。『借りぐらしのアリエッティ』の原作も、この時に出会ったのだそうな。
そして、これらの児童文学は、「人生は生きるに値するんだ」というメッセージを子供たちに伝えるためにこそアニメーションは作られるべきである、という宮崎駿の作品作りの基本的なスタンスの形成に大きな影響を与えることになります。
また、児童文学における挿画の魅力についても語られていて、特に『チポリーノの冒険』という作品の挿画に影響を受けたと語っています。手塚治虫からの影響については、別の場で語っているのを目にした記憶がありますが、興味深い事実です。
手塚治虫といえば、本書でも以下のように語っています。

手塚さんの漫画は昭和二〇年代が最高だった、なんて発言したりしましたが、それも余計なお世話だと思うようになりました。手塚さんは今の僕より若くして亡くなった方ですから、僕より若い人なんだ、とこのごろは思っているんです。年寄りがとやかく言うことではありません。(p.138)

確かに、宮崎駿は今年71歳で、手塚治虫が亡くなったのは60歳。ですが、普通、亡くなった人にこういう言い方は、特に同時代に生きた人に対してはしませんよね?
世代的に、手塚治虫の(特に終戦直後の)作品に大きな影響を受けたであろうことは想像に固くなく、絵柄の影響が抜けなくて苦労したと、どこかで語っていたと思います。また、現在に至る「アニメ」に多大な影響を与えた存在としての手塚についても、アニメーション業界の人間として、複雑な感情があったはずです。
かつて、宮崎駿は手塚治虫のことを、この様に語ったことがあります。

「(手塚治虫は)闘わなきゃいけない相手で、尊敬して神棚に置いておく相手ではなかった。(中略)やはりこの職業をやっていくときに、あの人は神様だと言って聖域にしておいて仕事をすることは出来ませんでした。」
「アニメーションに対して彼がやったことは何も評価できない。虫プロの仕事も、ぼくは好きじゃない。好きじゃないだけでなくおかしいと思います。」
「自分が義太夫を習っているからと、店子を集めてムリやり聴かせる長屋の大家の落語がありますけど、手塚さんのアニメーションはそれと同じものでした。」
「だけどアニメーションに関しては――これだけはぼくが言う権利と幾ばくかの義務があると思うので言いますが――これまで手塚さんが喋ってきたこととか主張したことというのは、みんな間違いです。
(『出発点 1979~1996』 p.231~)

これ、手塚治虫が亡くなった年に出された『コミック・ボックス』の追悼特集号に掲載されたんですよ。他の人は、手塚治虫がどれだけ偉大だったか、みたいな文章を寄せているのに。当時この文章を読んで、なんて苛烈な人だろう、と思った記憶があります。
しかし、最初に引用した文章を読むと、年を経て、やがて手塚が死んだ年齢も追い越した上でこの境地にたどり着いたのか、と思って読むと・・・やっぱり腹の底ではわだかまりあるよね、まだ。
おそらく、「ジブリアニメ」を安心して楽しめる上質なエンターテイメントだと思って映画館に押し寄せる多くの日本人は、宮崎駿のこういう戦闘的で激しい一面を知らないでしょうね。
語り下ろしでは、先の大震災以後の世界について語っていますが、これについてはまた、別の機会に。
そういえば、肝心の『第9軍団のワシ』についてですが、面白かったですよ。
紀元2世紀のブリタニアにおけるローマ兵の戦いぶりだとか、蛮族の出で立ち・振る舞いが、説得力があってとてもよかったです。原作は読んでませんが、宮崎の言うとおり、日本で、例えば坂上田村麻呂と蝦夷の戦いをこんな風に映像化したら、どんな感じになるだろう、と妄想してしまいます。まあ、映画は無理(予算や技術、というより、歴史を扱うセンスの問題で)なんで、NHKでドラマにしてくれないかしら。
ただ、ローマ兵と一度奴隷にされた蛮族の王子(しかもローマ軍に身内を皆殺しにされた)の間に、友情が成立するかといえば、それは都合が良すぎるだろうとは思いますが。
 

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